Bundesliga Story
皆さんは、Cacauという選手をご存知ですか?
Nr.46号のキッカー紙の特集で彼の記事が出ていました。日本の皆様にもご紹介したいと思い、抜粋した内容と私の意見を入れてご紹介したいと思います。
Cacau (正式名: Jeronimo Maria Barreto Claudemir da Silva)選手は 1981年3月27日 ブラジルのSanto andre’ に生まれる。
トップでパートナーを組む、同僚でドイツ代表選手のMario Gomez選手はCacau選手のおか今の自分があり、特別な意味で感謝したいと語っている。) 、ブラジル生まれのCacau選手が、28歳にしてドイツ代表入りし、今回のアジア遠征で、対中国戦、68分,Mario Gomezと交代して、初代表試合をする。
Cacau選手のように、ブラジル生まれの選手で代表に選ばれたのは3人目である。過去にはPaul Robert Rink(13回出場) ,Kevin Kuranyi(52回出場)の両選手が代表の経験があります。
生活において、ブラジルとドイツでは大きな違いがあります。Cacau選手のSau Paulo での生活は貧困とまではいかない生活環境で中で育ちました。18歳になったCacau選手はサンバのダンスグループの一員として、ドイツに来る事チャンスにめぐり合いました。ダンスグループの一員でしたが、ダンスをする目的ではなく、当時、このグループの代表者でサッカーの熱狂的ファンで(現在はCacauのよき友人であり、マネージャーでもある)あったこの人物に運を天に任せるつもりで、Cacauをダンスグループの一員として、ドイツに連れてこられました。当時のCacauの自分なりに考えていたことですが、サッカーで何とか成功をするためには、兎に角このブラジルを出て行かなければサッカー選手としての可能性は少ないと思っていました。という理由で、必要なものをまとめて、グループの一員として、ドイツにやってきました。
ブラジルには現在、両親と兄弟が暮らしています。そのうちの1人の兄は30歳で、サッカーのプロ選手ですが、現在チームを探し中です。もう1人は弟で27歳の学生で経営学を勉強しています。当時、Cacauの母親は掃除婦として働いていました。毎日、食べるもの心配するほどの貧困とまではいきませんでしたが、毎日の生活は常に倹約でした。今は、高給取りの息子Cacau選手が母親のために、家を買い、家を出ていて、年金生活をしている父親にも経済援助もしています。
高給取りになったCacau選手の生活は質素で、エリート意識もなく、自慢げに高級スポーツカーを乗り回すような事をせず、普通のファミリーセダンに乗っています。キリスト教の信者で信仰深いCacau選手はこれといった趣味はありませんでしたが、3年前にゴルフを覚え、その楽しみを覚え、暇のあるときにプレーを楽しんでいます。現在のハンディキャップは32です。
ドイツへ来てからの、Cacau選手の出発は、簡単ではありませんでした。Cacau選手はブラジルとドイツでの生活を通じて、下から始めるとはどういうことなのかということは良く知っています。彼のドイツでのサッカーの始めは、ミュンヒェンのクラブチーム Türk Gücü München(当時は5部リーグ)でした。ここのクラブからは約束の給料が8月ヶ月間支払いがされず、困りました。ブラジルでは、16歳のとき,サンパウロのPalmeiras のサッカースクールから才能なしと通告され、非常にがっかりしました。今、ドイツ、ミュンヒェンでのサッカーの再スタートを振り返ると、ミュンヒェンでの生活は現在の自分自身の基礎が築かれたとCacau選手は確信しています。協調性に関していえば、ミュンヒェンにやってきた若いブラジル人は、見事にブラジル気質からドイツ人気質に転身していきます。ミュンヒェンでは彼は必死の思いで、本やカセットを使いドイツ語習得に多くに時間を費やし、一生懸命、ドイツ語を勉強し、新しい生活に、挑みました。そうこうするうちに、Cacau選手はドイツ人以上にドイツ人になったようです。ドイツ人の性格的特長である、時間厳守、勤勉、約束を守る、野心家であるというような性格にCacau選手はなっていきました。本人自身がいうように、私は本当に時間厳守ですと笑いながら、キッカー紙のインタヴューに答えていました。もしCacau選手が、ドイツ人のように、努力をせずに,遊んでばかりいたら、今日の自分はないと思っていますと、答えています。
ミュンヒェンでの始めは、こんな感じでした、バイエルンミュンヒェンのアマチュアでテスト生として、4週間の練習をしましたが、結果はだめでした。そして、あるとき聞いた話ですが、ミュンヒェンでのホームゲームでのある試合にスカウトが来ていて、私のプレーを見たようですが、あまりにも酷いプレーなので、評価の仕様がないと言うようなコメントをしたそうです。残念ながら、当時、どのチームからのスカウトだったCacau選手は記憶していませんが、多分、この日は、私の調子が悪く、最悪のプレーをスカウトは見たのかもしれませんね。この当時はプレーの良いときと悪いときの差はかなりあったことは事実としてCacau選手は認めています。そして、当時の選手のプレーはブラジル的というよりドイツ的であったと言って良いかもしれませんね。
そのあとですが、Nürnberugの二軍(バイエルンリーグ、当為3部リーグ)のテストに一回参加しただけですが、テストに合格、その後、2軍から1軍に上がり、そのあとVfBStuttgart に移籍し、現在はチームのキープレーヤーに成長し、今回、ドイツ代表に選出されました。
今日のCacau選手は二児の父親であり、サッカー選手としても、技術ありスピードありで、得点能力ありで、これからも楽しみな選手です。ところで、ドイツ代表になれたのも、今年2009年、2月2日に、ドイツ国籍取得試験に満点で合格し、ドイツの国籍を獲得しました。これからのCacau選手の目標は2010年のワールドカップドイツ代表選手として、南アフリカで、ブラジル代表と顔をあわせることが、Cacau選手の実現可能な目標(夢?)です。この目標を常に持ち、今後も活躍したいですとのことです。
(ドイツスポーツ紙“キッカーの記事“を意訳しました。) |